園芸鋏の一件以来、御用聞きの灰羽の名声は高まっていった。 どんな難しい注文でも、たちどころにこなしてしまうと、 街での評判も上々だった。仲間の灰羽たちは、そんなカナタの様子をいぶかしんだ。 あのモノグサで、どちらかという大雑把なカナタが、 どうやってお客の所望するものを見繕っているのだろうか、と。 だが、なにも特別な仕掛けがあるわけではない。 至極、簡単な理屈だ。 カナタは難しい仕事の依頼を受けると、真っ先に街外れの古道具屋に足を運んだ。 もちろん、アクタの知恵を借りるためだ。 彼は廃品回収のような仕事もしており、他所の古道具屋や骨董品屋にも顔が利いた。 アクタは、不要になったものならどんなガラクタでも引き取ってくれる灰羽として、 御用聞きの灰羽とはまた違った意味で有名だった。 トーガとの交易にも一枚噛んでいるとの噂もあるくらいだ。 彼の手にかかれば、街で見つからぬ物などありはしなかった。 古道具屋の灰羽、アクタ。その名の由来は、彼の言葉を借りるならば次のようになる。 「ゴミの山の中にいる夢を見たんだ。だから塵芥(ちりあくた)の芥、アクタというわけ」 ひどい名前だろうと、アクタは自嘲気味にもらす。 カナタは、笑ってよいものやらどうやら、途方にくれたものだった。 彼はこの古道具屋を独りで守っていた。店主は何年か前に亡くなっているらしい。 自分と同じような境遇の灰羽の存在に、カナタは共感をおぼえた。 二人が親しくなるのも自然な流れだった。 カナタの見立てでは、アクタは人間でいえば20代半ばくらいの年齢だろうか。 年長組と呼ばれる年高の灰羽でも、ここまで年齢を重ねる者はそうはいない。 灰羽たちは、人間でいうところの成人に当たる身体年齢を迎えると、 「巣立ち」と呼ばれる現象によって、人知れず街を去るのが慣例であった。 カナタたちの繭を見つけてくれて、名付けの親になってくれた灰羽も、 既にこの街の住人ではなかった。何年か前に、巣立ちの時を迎えている。 今でもカナタは彼女の声を、彼女の言葉を鮮明に思い出すことができる。 そう、たとえばこんな風に――。 「――灰羽は祝福されて生まれてくる。 街の人たちはみんなそういうけど、本当のところはわたしにもよく分からないんだ。 みんな自分のこと――、一番大切な自分の名前さえ思い出せないんだもの、 そんなこといわれても困っちゃうよね。戸惑うのも当然だと思うよ。 ……でもね、中には自分は祝福される資格なんてないとか、 罪を背負わされているとか、端からそんな風に決めつけてしまう灰羽もいるの。 なにも憶えていないから、……なにも思い出すことができないから、 一度罪の意識に囚われると、そこから抜け出すのは本当に、本当に大変なんだよ。 笑顔でいても、心の中では苦しんでいるひとがいる。 本当は誰かに助けてもらいたいのに、その想いをうまく伝えられないこともある。 わたしはね、あなたたちに、そんな風に助けを求めているひとの心の声に、 気づいてあげられる灰羽になって欲しいの。 ……かつてのわたしたちが、そうであったようにね」 「二人にはちょっと難しかったかな?」彼女は微笑みながら話を結んだ。 灰羽はあまりにも多くのものを失ってこの街に生まれてくる。 自分の名前、過去の記憶、そして家族・友人・恋人……、 ありとあらゆる人との繋がりを、否が応でも絶たれてしまう。 だからこそ、灰羽は互いに手を取り合い助け合わなければならない。 そして今、カナタは公私を問わずアクタに助けられている。 カナタが古道具屋を訪ねると、アクタはいつでも笑顔で出迎えてくれた。 どんなとりとめもない話にも、アクタは真摯に耳を傾けてくれた。 時には仕事の手を休めて、談笑したり、一緒にお茶をすることもあった。 カナタにとって彼は頼れるブレーンであり、彼にとってもカナタは上得意だった。 そしてなにより、二人は良き友人同士であったのだ。