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灰羽連盟 Blu-ray BOX 発売記念

chapter.2 「古い園芸鋏」

 それはカナタが御用聞きの仕事をはじめて、一年半ばかり過ぎた頃のことだった。
 その日、カナタは普段とは少々毛色の違った仕事の依頼を受けた。
「古い園芸用の鋏が欲しいんだがね」
 立派なアゴヒゲをたくわえたその老人は、使い込んだ園芸鋏が欲しいという。
 それも、とびっきり切れ味の鋭く、見事に黒光りするものをご所望だ。
 もちろん、グリの街にだって金物屋はある。だが、新品ではダメなのだ
 老人曰く「手入れの行き届いた、使い込んだ鋏ほど良く切れるものさ」
 そんなことをいうくらいだ、彼とて今まで鋏を持っていなかったわけではない。
 それこそ昔は何本も所有していたとの話だが、ひとつ欠け、ふたつ無くし、
 先日とうとう最後の一本がオシャカになってしまったのだそうだ。
 新品の鋏は、もう何年も購入していないという。
 なかば呆れつつ、黙って話を聴いていたカナタは、
「灰羽でもあるまいし、新品でいいじゃない、おじいちゃん」と口にしかけたが、
 喉まで出かかった言葉を、どうにか呑み込むことに成功した。

「やってもみないうちから、軽々しくできないなどと口にするな」
 カナタは師匠の言葉を思い出していた。
 この客に負けじ劣らず「ガンコジジイ」だった、先代の御用聞きの言葉だ。
 御用聞きの名は、決して飾りではない。そういった自負は、カナタにもあった。
 仕事は可能な限り受けるべきだろう。それが御用聞きの矜持というものだ。
 だが、今度の依頼は少々難題だ。まさか街の家々の戸を一軒一軒叩き、
 鋏を求めて訪ね歩くわけにもいくまい。
 逡巡するカナタの心を知ってか知らずか、老人の言葉は続いた。
 要領を得ない話に、カナタは適当に相槌を打っていたが、
 老人の口から次のような言葉が発せられた時、
 それはカナタの迷いを打ち消す、決定打となって心に響いた。
「あと十年も若ければ、新品を使い込む暇(いとま)もあるんだろうがね、
 老い先短い身の上ゆえ、今から使いはじめていては、
 馴染む前にお迎えが来てしまいかねんのさ」

 カナタの脳裏に、先代の御用聞きの姿が甦った。
 先代は、御用聞きの仕事の作法を一通りカナタに教示すると、
 ほどなくしてポックリと逝ってしまった。ビックリするほど安らかな顔で、だ。
 まるで「もうおまえには教えることはなにもない」とでもいいたげな、
 満足げな顔だった。
 弟子入りしてから、わずか一年足らず。カナタは取り残されたような気分だった。
 そんな姿に、仲間の灰羽たちは励まし、慰めの言葉を惜しまなかったが、
 カナタはことさらに「なんでもない」というポーズをとり続けた。
 そうすることで、カナタも仲間たちも、その事実をなんとか受け入れようとしたのだ。
 だが、カナタにとって一番身近な灰羽だけは、そんなカナタの強がりを見抜いていた。
 カナタだって、本当は先代に教えてもらいたいことが、いっぱいあった。
 ――なにもそれは仕事についてのことだけではない。
 もっと、いろんなことをお喋りしたかった。もっと、感謝の言葉を伝えたかった。
 一人前の御用聞きの灰羽の姿を、先代に認めてもらいたかった。
 だが、先代はもういない。死者に想いを伝える術はもうないのだ。
 だったら自分は、カナタは、御用聞きとしてなにをなすべきか。
 先代に恥じない仕事をすることが、なによりの恩返しになるはずだと、そう信じた。
 老人の言葉は、その時の決意を、カナタに呼び起こさせた。
 御用聞きの名を貶めることは、先代の顔に泥を塗るようなものだ。
 カナタは気持ちを奮い立たせると、
「まったくのご希望通りの物は難しいかもしれませんが……」と前置きした上で、
「一生懸命、探してみます」
 仕事を引き受けたのだった。

 次の日からずっと、カナタの頭の中は鋏のことで一杯だった。
 とはいえ、他の仕事をおざなりにするわけにもいかない。
 今回の案件に特に期限は定められていなかったが、早ければ早いほどいいに違いない。
 カナタは八方手を尽くし、寸暇を惜しんで聴き込みを繰り返し、
 どうやら街外れの古道具屋でなら、それらしい物が見つかるかもしれない、
 というところまでたどりついた。その日、既に陽は傾き始めていた。
 カナタは、自然と自転車のアクセルに込める力を強くした。

 その古道具屋は、中央広場から見て北西の街外れにあった。
 その立地ゆえ、それまでカナタも訪れる機会に恵まれなかったのだ。
 夕暮れの店内はくすんだ色に溢れていた。あの手この手の道具が並べられ
 積み重ねられ、雑然としている。
 西日が差し込んだ部分が一筋の光の道となり、
 そこに舞い散る埃の微粒子がキラキラと輝いて見えた。
「こんにちはー」
 一声かけるが、反応がない。
 カナタはカウンターと思しき場所に向かう。
 机の上には年代物らしいの赤銅色のレジスターが置かれている。
 やはり、そこには店員の姿はなかった。
 カナタは「留守かな?」とも思ったが、入り口に鍵はかかっていなかったし、
 なによりドアノブには「営業中」のプレートが確かに垂れ下がっていた。
 キョロキョロ辺りを見渡すと、レジスターの隣りになにやらあることに気がつく。
 「御用の方はお鳴らし下さい」と書かれた、呼び鈴代わりらしい音叉だった。
 カナタ、そっと耳を近づけ、力任せにそれを叩く。
 刹那、ピィィィィィン! という金属音が、カナタの鼓膜に容赦なく襲いかかる。
 すると店の奥、ロフト状の中二階――薄暗くてカナタはその存在に気づかなかった――
 から、エプロン姿の店員が「はいはい」という声とともに姿を表した。
 梯子を伝って降りてきた店員は、灰羽の青年だった。
 なにか作業をしていて汚したのか、指先をエプロンの端で無造作に拭いながら口を開く。
「お待たせしてすみませんね、どういったご用件で?」
「あなたに伺いたいことがふたつばかりあります」
 カナタは憮然とした表情で告げる。
「どうして声をかけたとき、すぐにお見えにならなっかたんですか?」
「すみません。集中していると、人の声が耳に入らなくなるんですよ」
 その返答に「ほほぅ」と一声もらす。
 カナタ、相好を崩すと、精一杯 嫌味ったらしい口調で、
「ではもうひとつ、よく使い込んだ、それでいて手入れの行き届いた、
 切れ味の鋭い園芸用の鋏はありますか?」
「ああ、それなら……」
 店員は奥に引っ込むと、山高く積まれた荷物の山に分け入り、
 しばらく「あーでもないこーでもない」とつぶやきながら山を漁っていたが、
 ほどなくして、小さなボール紙の箱を手に携え、戻ってきた。
「こちらなんて、いかがでしょう」
 差し出された箱を受け取り、収められた鋏に手を伸ばすと、カナタ「フムン」と唸る。
 どこから出したか、細い木の棒も一緒に差し出されていた。
 店員「切ってみろ」というジェスチャー。
 カナタは刃を入れた。スッという感触、棒は切断される、断面を覗く――、美しい。
 店員は笑顔、ウインクしながら右の親指を立てて見せる。
「いかがですか?」
「……よござんしょ、いただきます」
「ありがとうございます。包装は、いたしますか?」
「結構です。……あ、やっぱりお願いします」
「わかりました」
「よろしくお願いします。新品と見間違うくらい、綺麗にね」

 これが、御用聞きの灰羽 カナタと、古道具屋の灰羽 アクタ、二人の灰羽の出会いだった。

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