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chapter.5 「図書館司書のコナタ」

 晴れ渡った夕空の下、カナタは図書館へ向けて原付を走らせる。
 頬をなでる風がやさしい。次の用を足せば、本日の業務は終了だ。
 図書館の本の配達、それも御用聞きの仕事のひとつである。
 週に二度、カナタは返却する書籍の束と新たに借りて来る書籍のリストを携え、
 図書館に通っていた。貸し出しと返却の代行だ。
 利用者の読みたい本が決まっていれば、この仕事は簡単だった。
 だが、利用者が希望するような本が、必ずしも図書館にあるとは限らなかった。
 漠然と「〜についての本」といった要望が寄せられることもある。
 そこで、あらかじめ希望する本の内容をよく聞き及んでおいて、
 要望にそったものを選定する手間が必要だった。
 だが、膨大の量の蔵書の中からピッタリの本を捜しだすというのは、
 これはカナタの職分をいささか越えていた。
 幸い、図書館には司書という資料照会の専門家がいる。

 カナタは駐輪場に原付を停めると、展示スペースにもなっているホールを抜けて
 図書館の階段を駆け上がった。
 閉館間際の時間帯ゆえ、人影はまばらだ。目指す先は、事務室。
 貸し出しカウンターの係員と会釈を交すと、
 関係者以外立ち入り禁止と書かれた事務室のノブに手を伸ばした。
 ノックをしてから事務室に入ると、髪の短い30代半ばくらいの女性が顔をあげた。
「あら、カナタいらっしゃい」
「こんにちはスミカさん」
「今日は遅かったのね」
「ええ、ちょっと立て込んでまして。本の方は、そろってますか?」
「ちょっとまってね……あら、まだきてないわねぇ」
 司書の女性――、スミカは隣の机の足元に置かれた箱に目をやる。
 貸し出す本が入っているはずのその箱は空のままだった。
「コナタ、向こうの部屋にいた?」
 カナタは首を横に振る。スミカは首をかしげた。本を集めるのはコナタの仕事だった。
「じゃあ……、地下の閉架書庫かな?」
「地下ですか?」
「うん、地下室」
「悪いんですけど、呼んできてもらえませんか」
「いいわよ。……そうだ、なんだったらあなたも一緒にくる?」
「え、いいんですか、部外者が入っちゃっても?」
「なにいってるのよ」
 スミカはほがらかに笑う。
「あなただって立派な関係者じゃない」

 二人は、懐中電灯の明かりを頼りに、地下室へと続く階段を降りていった。
 足取りはゆっくりと、闇の底へ吸い込まれていく。
「あの子がここに来てからどのくらい経つかしら?」
 闇の中でスミカがいう。あの子とは、もちろんコナタのことだ。
「2年くらい、ですかね?」
「ああ、もうそんなに経つのね」
「仕事をはじめたばかり頃はスミカさんがね、スミカさんがねって毎日そればっかりでした」
「なんだか照れくさいわ」
 スミカは苦笑した。
「あの子、あれで結構シャイなところがあったのよね」
「コナタがですか?」
「そうよ。まあ、何事も、はじめてというのは緊張するものだからね。
 わたしの方は、灰羽の司書の教育係をやったことがあったから、
 そんなに不安でもなかったけれどね」
「街で唯一の図書館ですもんね。コナタもここ大好きだと思いますよ」
「だといいんだけど」
 階段が終わる。明かりに照らされ、閉架室の扉が浮かび上がった。
「コナタ、しっかりやっていますか?」
「ええ、とっても助かってるわよ。……いよっと」
 スミカは力を込めて、目の前の閉架室の重いドアを開いた。
 天窓から地上の光が届くようになっているため、意外に明るい。
「……たまぁ〜に、こんな具合になることがあるんだけどね」
「?」
 スミカの肩越しに、カナタは部屋の中を覗き込む。
 コナタはそこにいた。その姿に、カナタは頭を抱えた。
 彼女はテーブルの上に突っ伏して、スヤスヤと寝息をたてていた。
 カナタは歩み寄ると、うつむいて彼女の横顔を覗き込んだ。
 実に気持ちよさそうな、かわいらしい寝顔。幸せそうなコナタの顔に、
 なんだか腹が立ってきたカナタは、そっと彼女の鼻を摘んでみせた。
 するとコナタは「ムハッ」と咳き込み、勢いついて目を覚ました。
「ちょ……なに?! なに?!」
「おはよう、コナタくん」
「……ふぇ? カナタ?」
 必死に笑いをこらえながら、スミカはその光景を見守っていたが、
 たまらずお腹を抱えて笑い出した。
 寝ぼけていたコナタも状況が飲み込めたらしく、たちまちふくれっ面になる。
「なにするのよカナタ、ひどいじゃない。
 スミカさんも、そんなに笑うことないじゃないですか」
「ゴメンゴメン」
「コナタが居眠りなんかしてるからだよ」
「……あ」
 カナタに痛いところをつかれ、コナタもバツの悪そうな顔になる。
「……あの、その、ごめんなさい」
「いいっていいって。もうあなたの今日の仕事は、終わってるんだからね」
 なだめるように、スミカは机の上に目を向ける。コナタが居眠りしていた机には、
 これから貸し出される本が、一まとまりにそろっていた。
「それにしても、昔から司書になりたがる灰羽には、なぜか寝ぼすけさんが多いのよね」
「知りませんよ、そんなの!」
「なにいってるのさ。うちの先輩にだっていたじゃない」
「う、カナタは黙ってて!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「仲良きことは美しきこと、よね」
 スミカには二人のやりとりが可愛らしくて、微笑ましくてしょうがないらしい。
 二人が抗議の声を上げるより早く、
「それじゃ、わたしはそろそろ失礼するわ。カナタ、またね。
 コナタ、戸締まりの方、よろしくね」
「「はい」」
 二人は同時に返事をして、互いの顔を見合わせた。ふたたび、スミカは苦笑した。
「どうぞごゆっくり」
 その言葉を残し、スミカは二人に背を向け立ち去ってしまった。

「……それで、まさかここまでわたしをからかいに来たってわけ?」
「ううん、そんなに暇じゃないよ。上に配達する本がなかったから、取りに来ただけ」
「そうよね、御用聞き様が配達する本は、こうしてまだここにあるんだもの」
「そのいい方はないんじゃないかなぁ」
 コナタは「ふん」とそっぽを向いた。先日のこともあり、ご機嫌ななめらしい。
 ちょっといい過ぎたかなと反省し、カナタは話題を転じる。
「しかし、あれだねぇ……見えないところにこんなにたくさん本があったんだねぇ」
「限られた開架スペースに、全部を置いておくわけにもいきませんからね」
 カナタは、自分の背より高い本棚に並べられた図書を珍しそうに見て回る。
「無闇に触らないでよ。要修繕の本もあるんだからね」
「わかってますって」
 本棚を見て回りながら、あれやこれやと、次々にコナタに質問をするカナタ。
 質問に答えているうちに、コナタの声色は次第に柔らかいものに変わっていく。
 自分の仕事に興味を持ってくれたのが嬉しいのか、コナタも機嫌を治したようだった

「……ここって、どこかに似てるんだよなぁ」
 あらかた訊きたいことを訊き尽くすと、カナタは一人ごちだ
「どこかって?」
「うーん、それが思い出せなくて」
 コナタは、暗い部屋に物がうず高く積み重ねられているイメージを脳裏に思い浮かべる。
 そう、最近どこかでこんな光景を目にしたはずだ。カナタはポンッと手を打つ。
「ああ、そうか。ここ、アクタの地下室に似てるんだ」
「古道具屋さんの地下室?」
「うん、そうそう、こんな感じ」
 それしきり黙り込むカナタをコナタは不審な顔で眺めていたが、
 それ以上は特に追求する気もないらしかった。
「アクタさん、前はここにもよく来ていたのよね」
「……へぇ、本当?」
「うん、でも最近はさっぱり。街では貴重な著述家さんだったのにね」
「……チョジュツカ?」
「本を書く人ってこと」
「……へぇ」
 また、カナタの知らない顔だ。アクタが本を書く姿なんて想像もつかない。
 いったい、アクタはどれだけ違った顔を持っているのだろう。
 神妙な顔をしているカナタに、コナタは語りかけた。
「図書館はいいところよ。ここでなら誰かの知識や経験をいくらでも追体験できるからね」
「うん、分かるよ。でもさ、話は体験した人に直接 聴いた方がいいんじゃないの?」
「そりゃ、体験者に直接話が聴ければそれが一番だとは思うけど。
 でも本にすれば、この街にはいない人、今ではもう
 いなくなってしまった人の話だって、いつでも読めるようになるのよ」
「もう、いなくなってしまった人の話か……」

 カナタは先日の引越しの時の標本を思い出していた。
 あれは、元々は家主の父親の物だったといっていた。
 だが、その人はもうこの街にはいない。カナタの師匠もアクタの店の先代の店主もだ。
 そして、寝ぼすけだった先輩も、カナタとコナタを育ててくれた彼女も……。
「……どうして、みんないなくなっちゃうんだろうね?」
「……カナタ?」
 いつもと違ったカナタの雰囲気に、コナタは不安そうな表情になる。
 カナタの横顔は、巣立っていった直前の「あの人」の顔に似通って見えた。
 コナタは、カナタの姿に「彼女」の姿を重ねていたのだ。
 カナタは、そんなコナタを安心させるように、優しげな笑顔を向けた。
「大丈夫。コナタとは、まだしばらくは一緒にいるよ。これからも、ね」
「……わたしより先に巣立ったりしたら、承知しないんだからね」
「分かった。じゃあ、いっそのこと二人一緒に行こうか? この街に来た時みたいにさ」
「……それもいいかもね」
 コナタも微笑んだ。二人で笑いあった。
 二人が巣立ちの日を迎えるのは、まだずっと先の話だ。

つづく

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